Honmono Voice #7 三井所 健太郎(みいしょ けんたろう)

私達のホーム、COHSA SHIBUYAが2020年11月30日にその役割を終えた。


Honmonoという名も無い種が小さな芽を出したところに、素晴らしい土壌を与えてくれたCOHSA。

そしてCOHSAを運営する山崎文栄堂。


小さな芽は、豊かな土壌のおかげでスクスクと育ち、多様な花を咲かせてくれた。


感謝、という気持ちだけでは言い表せない想い。

思いを馳せながら、気持ちを綴りたいと思う。


悶々と悩む。


2019年11月、私は悶々としていた。


Honmono創業から半年。

メンバーも徐々に集まり、20人を超えた。

プロジェクトも少しずつ出来てきた。

けど何か感じる、侘しさ。


侘しさの正体には気付いていた。


Honmonoのホームがないのだ。


ワケもなく集まる場所が無い。

場所が無いから、Honmonoの紡がれた匂いがない


もちろん、場所を作らないのは戦略でもあった。

場所がなくてもプロジェクトが進む方が効率的だからだ。


しかし、いざ進めていくと皆が気軽に集まれる場所が無いのはなんとも面白くない。

私は何かのついでに場所を探し始めていた。


しかし全くもってピンとくる場所がない。


Honmonoは固定化された組織ではない。

人がどんどん増えてくし、

固定された社員ではなく、流動性の高い会員が頻繁に出入りする。

会員同士で初めましてのシーンもある。

コワーキングはセキュリティー上NGと言われ、

どこか借りるにしても誰が何人使うかわからずに借りられないし、余裕もない。


という悶々とした時期に出会ったのが、アンドレラボの仲津社長だった。

(以降も困ったときにふと現れ、絶妙なパスをくれる仲津さん)


Honmonoの活動をみてくれていて、東京駅の喫茶店で話をすると、すぐに意気投合した。


Honmonoのビジョンを語ったところ、

「三井所さんに会わせたい人がいる」と、紹介頂いたのが山崎文栄堂の若狹専務だった。

同志との出会い


若狹専務との初対面。

私は緊張していた。


COHSAのことも調べ上げ、いいなと思っていた。

けど知名度も実績もないHonmonoという団体が、

まだ見ぬ不特定多数のメンバーを巻き込み、やりたいことやっていきます。

自由に使わせて下さい!


なんて、明らかに失礼だからだ。


私は法人営業だったので、こういう時はまず信頼を得て、徐々に徐々に、、というスタイルだ。

しかし今回は他の人の家に土足で入り、住ませてください、という話をするのだ。


ただ、若狹専務に会えるチャンスはめったにない(後から分かったことだが)


このチャンスをモノにするという思いでいた。


そして若狹さんと出会って5分後、、、。


何故か私は、赤いパンツの話をしていた。


赤パンは私の前職の事業だ。

今は関係ない。

しかし話の流れから盛り上がってしまった。


なんなら大型スクリーンまで貸してもらい、和太鼓を叩く赤パンのPV上映まで始まる始末。


(勝手に上映したPV映像)


「、、、俺は何をやってるんだ、、!」


心の中で叫ぶ。


ニヤニヤ笑っている若狹さん。


そんな中、仲津さんがいぶし銀のトーク力でコワーキングのことを切り込んでもらった。


ここが勝負と思い、Honmonoについて想いを語った。


「困ってます!力を貸してください。」

と素直にお伝えした。


ほぼ赤パンの話しかしてない、気がする。

が、若狹さんは二つ返事で前向きな回答をしてくれた。


そして、ヒーローズクラブというHonmonoと同じ志を持つ中小企業の団体の事務局長をしている、という話も伺った。


「中小企業から日本を元気にする。」


そう強くおっしゃっていた。


私は同志に会えた気がした。


若狹さんは穏やかながらも内にとても熱いエネルギーを感じる。


コワーキングスペースを使えることになったことも嬉しいが、

同じ想いを持った同志がいたことに私はとても嬉しく感じた。


確信


その後、私はせめてものお礼にと

コーサを運営する山崎文栄堂の山崎社長のインタビュー映像を撮ることにした。


お礼の意味もあったが、実は興味もあった。


どんな会社なんだろう?


山崎文栄堂は売上至上主義から、社員一人一人の心に寄り添い、ステークホルダーの満足度を高める働き方をしている、という。


「怪しい、、」


そう思った。


私は会社員で営業をしている時に、自身の会社、取引先100社以上多くの会社を見てきた、つもりだ。

綺麗事を振りかざす企業程、現場は疲弊しているパターンを多く見ていた。


コーサにいるコミニュティマネージャーの2人はいつもニコニコしている。

これが更に怪しい。


いつも笑顔の伊藤さん(左)小林さん(右) 

私は今後も長くお世話になる企業の現場を見てみたいと思った。


撮影当日、本社に向かう私と映像クリエイターのみほりん。


みほりんは相変わらず朝が弱い。

眠気まなこのみほりんに、私はコーラを買いに行く。

(これは今後のルーティンとなる)


そして、本社に入った。

私は驚いた。


まるで教室の休み時間のように、皆がリラックスした表情で働いているのだ。


よくある研修で訓練された堅苦しい挨拶ではなく、自然体の慣れた挨拶。

肩の力をぬきながらも、言いたいことを言える雰囲気。


すごいと思った。


午前は社員の現場撮影。


みほりんが撮影をしながら言った。


「演出いらないですね。そのままで絵になります。」


会社PVの撮影をするときは多少なりとも演出が入るものだ。

しかし山崎文栄堂は演出がいらない。

そのままでいいのだ。


今日の撮影のために、振る舞ってるのではない、いつもの習慣なのだろう。


これだけの雰囲気を作り上げた山崎社長とはどんな人なのか、興味が更に湧き、午後に備えた。

山崎社長の登場


現れた社長は誰よりも満面の笑みとエネルギーを放っていた。


私はまたもや驚いた。

山崎社長がオフィスに入ると、空気がまたさらに一段とエネルギーに満ちるのだ。


威圧感や緊張感ではない、温かな包み込むようなエネルギー


この人は、この会社は本物だ、と思った。

そしてインタビューが始まる。

インタビューでは台本を用意していたのだが、

山崎さんの想いやエネルギーに触発され、想定の何倍ものメッセージを発信してくれた。

私はインタビューする側にも関わらず、

途中からは対談のように互いの想いを、ぶつけ合いながら撮影を進めた。


(記念撮影までしてしまう)


私は会社員をしていた。


私なりの経験値で会社はピラミッド組織である、変わらないと考えていた。

それは先入観に変わった。


山崎社長、若狹専務はその上下の繋がりを習慣レベルで横の繋がりに変えたのだ。


その変化の過程はとてつもない苦労、辛抱、試練があったと思う。

その過程を乗り越えた2人が見せる笑顔に、紡がれた歴史を感じ取れた。

私はとても充実した気持ちで本社を出た。

しかし横にいるみほりんは何ともいえない表情をしていた。


「どうしたんだろう」


後日、みほりんから連絡があった。

不安は的中した。


「三井所さん。山崎さん喋りすぎて、編集点が見つかりません!」


予感はあった。

台本がそもそも無かったと思えるほどのフリートーク。

台本通りに進んだのは最初の「山崎 登です。」ぐらいだ。


顔がこわばっていた伊藤さん(台本用意した人)。

図に乗ってトークに加わってしまった三井所。


舞台は整っていた。

その後、ライターの一平ちゃんが加わり、全ての音声をテキストに書き起こす、

という膨大な編集点探しが始まった。


(汗と涙の感動作品)


成長

そんなこんなもあり、インタビュー映像も無事完成。


COHSAでの活動が始まった。

ホームがある、ということがこれほどまでに求心力を持つのかと驚いた。


メンバーも40人を超えた。


一階のPellsのコーヒーも美味しい。


後から知ったのだが、

私たちが入会時に特別だったというわけではなかった。


どの入居者にも「信頼」を基盤に多くの自由があった。

だからこそ

入居希望者は若狹専務がしっかりと面談で入居判断をしていた。

そして、コミニュティマネージャーの伊藤さん、小林さん、類ちゃんの3人の人柄がとても良かった。

(最初は疑ってごめん🙇)

背景不明のメンバーが突如出入りする、よくわからない団体でも気持ちよく話しかけてくれる。

HonmonoはCOHSAという豊かな土壌で大きく成長していった。

終わりと始まり

終わりは突然訪れた。

コミニュティマネージャーの伊藤さんから、「三井所さん、今度どこかでお時間ありますか?」とメールが入った。

いつもはほっこりしている伊藤さんが真剣な雰囲気だった。

私はやばいと思った。


(打ち合わせと称して会議室で飲んでいることがバレたか、、)


(いや、しおりんが毎日やさぐれながら夜中仕事して、ゴミ箱がビール缶だらけになっていることか、、)

しおりんは「毎日銘柄変えてるから大丈夫!」という謎の言い訳をしている。

恐る恐る、席につき、、出た一言は


「11月末でCOHSA終了します。」


意外なことで言葉を失った。

そして不思議な感情に包まれた。

「どうしよう」という気持ちはもちろんあった。


しかしその焦燥感以上にCOHSAへの感謝の気持ちが上回った。

ありがとう。という想いに溢れた。

そして、「そういう時期」、なんだとも感じた。

今までもあった感覚。

うまくいっている時に、

大事な人や環境が離れていくフェーズがある。

こういう時はとても悲しいんだけど、

新たなステージに移る時期でもある。


脱皮のような感覚。

その時は脆くなるけど、大きく強くなる時。

私たちはCOHSAのおかげでコロナ禍でも活動を続けることができた。

COHSAはコロナに負けなかった

もちろん行動範囲は狭くなったかもしれない。


けど、気持ちは常に前向きで、多くのチャレンジをしていた。

COHSAに来れば、コロナの閉塞感を和らげることができた。

私たちは深く感謝した。

2020年11月、COHSA/アントレラボ共催でラストイベントを実施


また交差する日まで


11月はあっという間に訪れた。

当たり前の場所、のときは気づかなかったが、他のスペースに見学にいくと、COHSAが利用者をどれほど信頼し運営しているのかが、よく分かった。


COHSA最後の日、私は行けなかったが、

山崎社長、若狹専務、COHSAの入居者が集まった。


最後まで山崎社長は笑顔だった。

私たちを常に励まし続けてくれた。


若狹専務も変わらず穏やかだった。

私たちを陰から支え続けてくれた。

COHSAは名の通り、交差だ。

交差は出会いだけではない。


出会いの後には別れがある。

寂しいけど、

この別れは次への出会いのチャンスだとCOHSAは教えてくれた。

お互いに成長し、また交差する日まで。


その時を楽しみにしている。


COHSA SHIBUYA、そして山崎文栄堂の皆様。


本当に有り難うございました!


みんなでパチリ。行きたかったぁ!!


12月12日(土)は若狹専務が事務局長をしているヒーローズクラブの感謝祭です。

場所はあのグランドプリンスホテル新高輪飛天の間!

相変わらず、元気に活動してます。ご招待があった方、お楽しみに。


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