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Honmono Voice #7 三井所 健太郎(みいしょ けんたろう)

更新日:2021年11月5日

私達のホーム、COHSA SHIBUYAが2020年11月30日にその役割を終えた。


Honmonoという名も無い種が小さな芽を出したところに、素晴らしい土壌を与えてくれたCOHSA。

そしてCOHSAを運営する山崎文栄堂。


小さな芽は、豊かな土壌のおかげでスクスクと育ち、多様な花を咲かせてくれた。


感謝、という気持ちだけでは言い表せない想い。

思いを馳せながら、気持ちを綴りたいと思う。


悶々と悩む。


2019年11月、私は悶々としていた。


Honmono創業から半年。

メンバーも徐々に集まり、20人を超えた。

プロジェクトも少しずつ出来てきた。

けど何か感じる、侘しさ。


侘しさの正体には気付いていた。


Honmonoのホームがないのだ。


ワケもなく集まる場所が無い。

場所が無いから、Honmonoの紡がれた匂いがない


もちろん、場所を作らないのは戦略でもあった。

場所がなくてもプロジェクトが進む方が効率的だからだ。


しかし、いざ進めていくと皆が気軽に集まれる場所が無いのはなんとも面白くない。

私は何かのついでに場所を探し始めていた。


しかし全くもってピンとくる場所がない。


Honmonoは固定化された組織ではない。

人がどんどん増えてくし、

固定された社員ではなく、流動性の高い会員が頻繁に出入りする。

会員同士で初めましてのシーンもある。

コワーキングはセキュリティー上NGと言われ、

どこか借りるにしても誰が何人使うかわからずに借りられないし、余裕もない。


という悶々とした時期に出会ったのが、アンドレラボの仲津社長だった。

(以降も困ったときにふと現れ、絶妙なパスをくれる仲津さん)


Honmonoの活動をみてくれていて、東京駅の喫茶店で話をすると、すぐに意気投合した。


Honmonoのビジョンを語ったところ、

「三井所さんに会わせたい人がいる」と、紹介頂いたのが山崎文栄堂の若狹専務だった。

同志との出会い


若狹専務との初対面。

私は緊張していた。


COHSAのことも調べ上げ、いいなと思っていた。

けど知名度も実績もないHonmonoという団体が、

まだ見ぬ不特定多数のメンバーを巻き込み、やりたいことやっていきます。

自由に使わせて下さい!


なんて、明らかに失礼だからだ。


私は法人営業だったので、こういう時はまず信頼を得て、徐々に徐々に、、というスタイルだ。

しかし今回は他の人の家に土足で入り、住ませてください、という話をするのだ。


ただ、若狹専務に会えるチャンスはめったにない(後から分かったことだが)


このチャンスをモノにするという思いでいた。


そして若狹さんと出会って5分後、、、。