Honmono対談Vol.7 「なぜ、映像で伝えるのか」

更新日:8月1日



「 右も左も。宗教も国籍も関係ない。

ただ、今の平和が紡がれた歴史の上にあることを忘れないでほしい。」

その想いから

主演に鈴木田氏。監督に霞氏を据え、

英霊顕彰プロジェクトがスタートしました。


第2弾ショートフィルムの公開を前に、

私たちがなぜ映像を通して戦争を伝えるのか?


発起人の鈴木田氏、

Honmono協会代表の三井所氏、

監督の霞氏にて本音対談を行いました。


戦争という敏感で賛否が生まれやすいテーマだからこそ、

リアルな想いをお伝えしたいと思います。


対談は熊本の杖立温泉会館にて行われました

英霊顕彰プロジェクトが生まれたきっかけ


三井所

鈴木田さん、本日はよろしくお願いします。


鈴木田

よろしくお願いします。

三井所

まずは鈴木田さんが何をされている方か。

改めて教えてもらってもいいですか?

鈴木田

はい。

人力屋という建設会社を8年ほど経営しています。


プロジェクト発起人の鈴木田 遵澄氏

ただ、「商売やって稼げばいい」ではなく、「社会にどう貢献ができるのか」が1番大事だと思っています。具体的には保護観察所の協力雇用主をやって、前科のある若い子とか、少年院や刑務所から出てきたばっかりの子を雇い入れています。


三井所

確かに人力屋は若い子たちが多いですよね。


鈴木田

更生というと偉そうですけど、そのお手伝いをしていますね。

それ以外にも、熊本地震や、その前の人吉の水害支援など。熊本を土台とした社会支援には積極的に参加していますね。


実際の支援の様子


三井所

なるほど。「社会貢献」が一つのベースとして活動されているんですね。

そのような中で英霊顕彰プロジェクトが立ち上がりました。発足はいつでしたか?

鈴木田

ちょうど2年前ですね。

三井所

社会支援のベースとしては理解できますが、方向としては全く異なるジャンルですよね。プロジェクト発足のきっかけを教えていただけますか?


鈴木田

はい。

本プロジェクトを始める最初のきっかけになったのは、イギリス陸軍が「第二次世界大戦で亡くなった兵士を忘れるな。」という内容の映画を発信したことです。


■実際の映画作品


それを見た瞬間に「戦勝国側のイギリスでさえ、戦争で亡くなった人のことを忘れちゃいかん」という風に思っている。政府が映像を作るくらいなので、そういう危機感がある状況なんだと。


三井所

あの映像はイギリス政府が作った映像だったんですね。

意外でした。


鈴木田

そうなんです。

戦争で負けた日本はその何倍も戦没者に対する意識というのがタブー視されています。だからこそ、日本でこそ作らないといけないなと。映像を見た瞬間にそう思い、動き始めました。

三井所

なるほど。

とはいえ、日本で戦争の話題はとてもセンシティブですよね。

鈴木田

おっしゃる通りです。

日本は軍人・民間合わせ310万人の方が亡くなってます。そして戦争にも負けました。その痛みが大きすぎて、戦争の歴史に対して直視できないような風潮になっているのかな、と感じています。


三井所

腫れ物に触るような感覚ですよね。


鈴木田

はい。

兵隊だけで210万人亡くなってるので、その家族や親戚がまた何十人といるわけで。そういう悲しみが日本中に溢れていたんだと思います。


三井所

愛する人を失う。連鎖する悲しみもありますよね。


鈴木田

戦争は確かに良くないです。アレルギーが起きるのもすごく分かるんです。


ただ一方で、亡くなった側、言葉を発せられない側の立場になると、悲しさに暮れるのは分かるけれども、存在そのものを忘れ去られるのは良くないんじゃないかと思ったんですよね。



三井所

確かに。

戦争を実際に経験した人も数えられるほどになりました。


鈴木田

そうなんです。

今の価値観では受け入れ難いかもしれませんが、戦争を経験した人は、家族のためだったり、故郷のためだったりと、そういった感覚がありました。その事実を知ることもなく、「可哀想だったよね」と一括りにされるのは違うんじゃないかな、と。


世の中は軍人だけで動いているわけでもないし、残された家族だけでも成り立っていません。どちらの想いもあったという事実を伝えないとなと。

三井所

戦争、というと賛否あるじゃないですか。


今の時代って、色んな考え方があるものは、「一緒に考えよう」とするより蓋をする傾向があると思うんです。炎上したり、自身だけが孤立することが怖くて。

でも蓋をするとそのこと自体を忘れちゃうんですよね。

鈴木田

そうですね。私も議論はしたくなかったんです。

私自身も議論は苦手というか、あまり好きじゃないので。


今の日本人って、議論が起きるくらいだったら置いとこうっていう考えなので。

そこに対してあえて議論を挑むのではなく、歴史ではそういうこともあったんだよ、みんなで一緒に未来について考えようよ、と。

それができるのは映像だなと思い、本PJを始動しました。


すごい。


先ほどから話を伺いながら気になったんですが、鈴木田さんのそのモチベーションの原点ってどこから来るんですか?

今回のPJもそうですし、別に災害支援もされているし、保護官みたいなこともされていて。そのエネルギーはどこから来るのかなぁって。

監督の霞 翔太氏

鈴木田

やっぱり「必要とされている」っていうことじゃないですかね。

自分がやらなくても誰かがやってくれるんだったらやらないです。


詳しく聞きたいです。


鈴木田

テレビとかSNSで偉そうに正しそうなことを言うだけのやつは山ほどいるんです。


もう言っとけと笑


「絶対必要だよね!」「いいよね!」て言いながら世の中やらないことがたくさんあるので。そこをただやってきているというか。


中川州男さんという熊本出身の軍人がいるんですが、子供さんがいらっしゃらなかったので、誰もお墓守っていない。親戚とも疎遠になっていてやっていない。誰かがやらなきゃいけないけど、と思いながらも誰もやってないのでやるってだけですね。


誰かががやってくれるなら、やらないです。

とても腑に落ちました。

でもそれって結構しんどくなる時ありませんか?


鈴木田

そうですね。

誰もやらないことをやるって、やっぱりしんどいんですよ。


世の中のこと考えたりするのも正直しんどいし。

それが役に立ってるかって言われると別に役に立ってないとも思うし。




でもそれは自分の中では許せないと思っちゃうので。

18歳で自衛隊入った時から思っているのは「日本を守りたい」と

「自分の生まれ育ったこの故郷を守りたい」という思いで自衛隊に入りました。


そのあとは色々ありましたけど。

それもすべて自分の故郷を守りたいっていう気持ちから起こしてやってきたことなので。


今回のPJもその延長線上で、自分の考え方としては何一つ変わってないです。


第1弾の制作秘話

三井所

そんな想いから第1弾がスタートしました。

率直にお聞きしますが第1弾の制作の時、ぶっちゃけどうでした?


Honmonoに対してもまだ関係が浅いなか、鈴木田さんが主役。どういう現場なんだろうって不安や戸惑いはありませんでした?

鈴木田

正直、結構ありましたね。


その話、興味あります。


鈴木田

私が主役をしましたが、本当に素人なので。


例えば、こんな顔をしてくれ、悲しい顔してくれ、嬉しい顔してくれっていわれると分かるじゃないですか。けど霞監督には、「いま何を思ってるんですか?」って言い方をされて。そういう風に表情をつくるんだと衝撃を受けました。


確かに言いましたね。表情はつくるものではなく、感情から出てくるものだと思っていて。初めての主役、あの短期間であそこまで感情と向き合った鈴木田さんはさすがだなと思いました。


■第1弾 映像作品「忘れてはならない歴史がある。」


鈴木田

とても勉強になりました。

   

あと、撮影って本当に時間をかけるんだなと。

15分くらいで終わると思っていたのが1時間かかったり。


「いや、もうこのへんでいいんじゃないか」って、素人の私からすると撮影中に思うことがありました。使えるシーンを切り貼りして作れるんじゃないのかなって。  


三井所

鈴木田さん、撮影の帰りに「あの監督、やべぇやつと思った」ってポロッと言ってましたもんね。



鈴木田さんにだけはやべぇやつと言われたくない笑


鈴木田

やべぇと思いましたよ。



鈴木田

一方では、妥協しないんだなと。


第2弾の制作のときは、それが逆に信頼になったというか。

監督は納得される映像が撮れるまでは、カメラを止めないんだなと。

言い方に語弊があるかもしれませんが、私からすると撮影は妥協の連続なんですよ。

手を抜いているわけじゃないですけど、ここはこれで収めておかないと。時間もあるので。と制約の中で戦ってるとこはあります。


でも確かに、納得いかないとOKはださないと思います。


鈴木田氏

今振り返ると演者全員が素人、時間や体制の制約のある中で最大限のトライをしていただき、霞監督には本当に感謝しています

第1弾で感じた映像のチカラ


三井所

実際どうですか?第1弾を作ってみての反響だったり。

作る前後で感じ方の違いはありますか?

鈴木田

やはり、映像のチカラ。これを感じました。


三井所

具体的には?


鈴木田

第1弾の映像は無声映画で作りました。


つまり、「忘れてはならない歴史がある。」ということを、どの思想や宗教、どの国でも見た人が普遍的に感じられることを大切にしました。これは政治運動やスピーチ、新聞やTV媒体ではできないことだなと。

言語があるとそこにどうしても話し手の意図を感じるので。

三井所

そうですよね。誰かを傷つけたり、戦争の是非みたいな話ではなくて、戦争を忘れないようにしよう、っていうことでした。

どの国でも同じようなことが起きて、同じような悲しみがありました。

鈴木田

はい。そう言った面では海外からの反響に繋がったのも映像の拡散力の強みだと思います。外国からのコメントも非常に多かったです。

三井所

多かったですね。

アメリカに限らず、中国やヨーロッパからも反響がありました。

イタリアも多かったですね。


様々な国から想いが寄せられた

鈴木田

はい。イタリア、ドイツ、フランス、アジアで言うとインドネシアとかタイですね、やっぱり日本のことが好きな人が多いので、アジアには。


意外だったのが韓国です。


反日教育を受けている中、ネガティブな意見が殺到するかなと思いましたが、「亡くなられた方のことと、戦争犯罪のことは分けて考えないといけないよね」って冷静なコメントも多かったので。


それは有難いなぁと。

反響が大きくなるにつれネガティブな意見も増えるかなと思いましたが、思ったよりも少ないなという印象でした。無声映画にすることで、それぞれの国がそれぞれの故郷の歴史を想う。ということが実現できたことが良かったと思います。


第2弾プロジェクトへの新たな挑戦


三井所

第1弾から感じていたのが、鈴木田さんは「やりたいことがあるので制作しますよ」っていう感じではなく、一緒に作っている感覚が強いんですよね。


鈴木田さんなりの思想があるはずなのに、一旦冷静に「戦争を知らない若者にはどうしたら伝えられるかな」と常に考えてました。


2分20秒におさめてTwitterを活用することも然り。周りの意見も取り入れながらフラットだったことが、反響の大きさに繋がったとも思います。

鈴木田

ありがとうございます。

冒頭お伝えしたように「やりたい」というよりも「やらなきゃいかん」って降ってくる感じなんですよね、自分の中で。


三井所

第2弾もそんな感じですか?


鈴木田

はい。正直しんどいじゃないですか。

お金の問題もあるし、時間の問題もあるし、仕事のバランスもあるので。


でも「やらなきゃいかん」と思い始めたら、、、霞監督のことしか考えないですよね、また頼もうと。


嬉しい限りです。


日直を「霞」に。

鈴木田

第1弾も踏まえ、今回はより一層、にお任せできたと思います。


シナリオイメージとしてはこれだけは外してほしくない、これは入れないで、という材料を渡して。それ以降はもうの才能というかセンスというか、そこにお任せっていう感じですね。

信じてくれているなぁと。


厳密に言えば鈴木田さんは依頼主、私たちHonmonoはお仕事を受けている側なんです。我々としてはどうしても鈴木田さんはクライアントなので、細かい確認が絶対必要だと思うんです。


けど実は私はあんまりそういうの好きじゃなくて笑 一度作り始めたら結構、猪突猛進するタイプなんです。


鈴木田さん

そうなんですね。意外でした。


自分で一つの答えを見つけると「それ以外ない」くらいの勢いになってしまうのが自身のよくないところだなぁと思ってるんですけども。


それでも信じてくれてるなぁっていうのが言葉にせずとも感じられるところがあって。2作品目の依頼が来た時はとても嬉しく思いました。


第2弾プロジェクトの撮影が開始


三井所

第2弾は第1弾の作品と違い、オリジナルストーリーで作りました。鈴木田さんが企画を作るところから始まりましたね。


鈴木田

ですね。

私の作った絵コンテ、あれひどいなって思うんですよ。自分で送っておいてなんですが。


鈴木田氏の実際の絵コンテ

個性のある絵だなぁとは思いました笑

ただ伝えたいことが明確だったから私も汲み取れましたし、その分自由度も高く演出ができました。

鈴木田

すぐでしたもんね。こういう脚本で、ストーリーでって、すごいなぁ、こういう風に描けば伝わるんだというのが。

ありがとうございます。

少しネタバレになりますが、今作は戦争に行った旦那の奥さんが主人公なんですよね。その方の戦時中、戦後、そして現代を結ぶストーリーです。


第1弾と比べるとストーリーもロケシーンもキャストの数も一気に増えました。


戦争の描写も描かれています。3日間の撮影も朝4時から夜11時まで続きました。

スタッフ集合写真。3日間合わせると総勢40名超の方にご協力頂きました。

三井所

過酷でした。


ミイショさん、最終日は死んでましたもんね。


濃い顔がさらに濃くなる三井所氏

三井所

はい、死んでました。私は1作品目の撮影に参加できていないので、霞の映画現場は今回が初めてだったんですね。思いました。「この監督、やべえやつだ」と。



三井所

前回に比べロケ地もさまざまでしたね。山、森、草原、民家、熊本一帯を駆け抜けました。


はい、当時の戦争のシーンが入るので、最適な場所を選ぶとどうしても移動距離も多くなりました。


三井所

山で演者が穴に落ちたり。気づいたらムカデが首を登ってたり。兵隊の方は山の戦争シーンで本当に朦朧として倒れかけたり。。



怪我や事故がなくて本当によかったです。その撮影を支えてくれたのはやはりスタッフの方でした。感謝しかないですね。


鈴木田

エキストラ、メイク、衣装、運転、撮影の民家、そして協賛や支援をいただいた方、全員の想いが一つになった撮影でした。



三井所

そんなこんなで撮影が終わり編集と進むわけですが。


そうですね。正直さまざまな葛藤がありました。


三井所

霞監督としては第1弾と第2弾の作品の違いは、編集しながら感じますか?


めちゃくちゃ感じますね。


今回の話も、戦争の賛否のような話では無いんですよね


「忘れないでほしいよ」ということがテーマで。軍服を着ていようが、着ていまいが故人を想う大切な心だと思うんですよ。亡くなった人をどう想うか、想っていられるかっていうことだと思っていて。