ホンモノガタリ Vol.5 矢嶋 巧

イルミス株式会社 代表取締役

価値あるものを、価値のわかる人へ届ける。

それが僕のやりたいこと。




取材日:2020年6月19日

聞き手:大竹 一平(MtipCreative(株)代表)

文:浦田 結衣(Honmonoチャレンジメンバー)


今日も元気に“イルミスTシャツ”を着てきたやじーさん。


明るくて表情豊かで、撮られた自分の写真はフリー素材。

どこにいても輪の中心にいるムードメーカー。

人一倍細かいところも見ていて気が利くし、いつもイキイキしていて人生楽しそう。


だけど、どこか掴めない印象があって、何をしているかと言われればよく知らない。

そんなイメージを持っているのは私だけではないはず。


今回は聞き手の大竹さんの言葉を中心に、書き手である私、浦田がインタビュー中に思った(けど言わなかった)言葉を()内に表現してみました。


柔道。野菜の競り人。営業代行。SNSコンサル。人繋ぎ。

今回の取材でやじーさんの実態が明らかになるのか。

文担当の私、責任重大。いざ。


大竹 やじーってもともとそういう性格だったの? 声でかくてうるさくてうるさくて。


浦田(それ、気になる。幼い頃はやじーさんみたいな人がクラスに1人はいたけど、大人になるにつれて弾ける笑顔とか底なしの明るさとか、みんなどこかに置いてきながら大人になっちゃうイメージ)


矢嶋 小学生くらいからこういう性格です。でも、うるさいっていう意識は……、いまもないですね。ここ2年くらいで「自分はこういうキャラだな」ってわかってきましたけど。


大竹 小学生のときとか、クラスの中で結構目立ったでしょ。


矢嶋 目立ってました。人気者というよりは、率先してみんなを遊びとかに巻き込んでましたね。後先考えず、振り返らず。とりあえずみんなを動かして、つまんなかったらやめればいいやって。考えないからリーダーじゃないけど、考えないからなんでも飛び込めるんです。



柔道するときは、僕だって考えますよ。


矢嶋 柔道は中1からやってました。背伸びしてチャレンジする性格で、ダメなことも多いけど、たまにうまくいく。高校で世田谷区に行ったんですけど、高校3年間で国士舘に1回も勝てなくて。試合の時は一瞬で、いつ負けたかもわからない。


大竹 そういうときって、怖くないの? 柔道って直接組むじゃん。


矢嶋 怖いですよ。怖いですけど、戦わないとわからないです。見た目でわかるっていうよりは組んだときにわかります。大抵は、勝てるか負けるかわからないけど、様子見ます。


大竹 やじーも様子見るんだ。


矢嶋 はい、柔道のときは考えます。


大竹 柔道のときは考えるんだ。これ大発見だ!


浦田(ちなみに今回の取材で大竹さんがいちばん嬉しそうだったのはこの大発見のとき。今回のハイライト)


矢嶋 負けたくないから。勝ったときの気持ち良さを知っちゃうと、麻薬みたいなものなんですよ。


大竹 やじーって潔さがあるよね。変に強がったりしない。


矢嶋 柔道を始めるまでは「言い訳」ばかりでした。柔道を始めてから、勝ちの喜びも、負けの痛みも知りましたね。高校のときは授業に行って、部活に行って、そのあと夜は街の道場に行ってました。


大竹 柔道が好きなんだ。


矢嶋 好きですね。大学入って週5、6で柔道部行ってました。高校1年生で柔道部に入ったとき、2、3年生より僕のほうが強かったんです。僕が2年生の時に、柔道部の先輩全員辞めちゃったんですよ。僕に勝てないから。それで、団体戦出られなくなっちゃいました。

 「強ければ良い」って思ってたんですけど強い人は中身もしっかりしているし、無駄に力を振るわないって気づいたんです。力が強くても上には上がいるし、柔道をやってない奴に威張っても虚しいだけだって。


大竹 なんか武道家っぽいね。


矢嶋 殴り合いの喧嘩とかはしたことないです。父親にも殴られたりしますけど、僕のほうが強いから絶対殴り返さないです。柔道2段持ってて、一応僕もプロなんだなと。大人の世界と日本一を高校のときに体感できたので、街の道場に行ったことと世田谷区にいたことはすごく良かったなって思いますよ。



警察官の試験に2000分の2の倍率で、合格したんです。だから、僕、内定辞退しました。


大竹 そのころ、やりたいことってあったの? さすがにSNSマーケティングしたいとは思わないだろうけどさ。


浦田(「やりたいこと」や「好きなこと」に対する価値観は、やじーさんの生き方を象徴するもののひとつだと、なんとなく感じている。と言っても、私はやじーさんと出会ってから1年足らずだけど)


矢嶋 僕がSNSを始めたのは25、6歳くらいの時です。僕やりたいことって昔からないんですよ。


大竹 就職活動はしたの?


矢嶋 1社しかしてないんです。


大竹 そこ受かったの?


矢嶋 受かっちゃいました。それが野菜の市場です。これは時効だから言っちゃうんですけど、本当は警察官も受けてたんです。

 子どもの頃から親に「警察官になれ」って言われ続けて、洗脳されて、小学生から大学生まで、将来の夢は「警察官」。

 警察官の試験を受けて、1次試験受かったんです。面接の練習って人生でほぼしてこなかったですね。面接って聞かれたことに対して素直に答えるだけだから、練習しても意味がないってずっといまだに思ってるんです。あんなの意味ないし、繕ってもしょうがない。


大竹 俺もそう思う。


浦田(私はちょっと用意して練習するタイプだ)


矢嶋 警察の2次試験って体力テストなんです。体力テストに受かって、次は面接。当たり前ですけど、面接って最初に志望動機を聞かれるじゃないですか。「矢嶋さん早速ですが志望動機をお願いします」って言われた時に、「あ〜……」って止まっちゃったんです。


大竹 特になかった。


矢嶋 特になかったです。でも「ない」はさすがにまずいなぁと思って、「あ〜……」って言った挙句3秒止まったら、面接官も怪訝な顔になって。


大竹 よっぽど良いこと言わないとだめだよね。


矢嶋 当然落ちて。そこで考えたんです。「あれ、自分なんで警察官になりたかったんだっけ」って。考えたら、親に言われたからなりたかっただけであって、自分でなりたいわけではなかったんですよね。

 ここからが僕の性格の悪いところで、もう1回受けたんですよ、2次募集。募集人数2人だったんです。それを受けて、なんと受かって……。


大竹 ……蹴った?


矢嶋 はい。「2000人分の2」「合格」っていう通知が家に来てて。内定書には内定を「受ける」「受けない」って書いてあって「受けない」のほうに丸をして送り返しました。親とは大げんかしましたね。当然ですけど。「ばかじゃないのあんた! 子どもの頃からの夢を蹴って何やってんの!」って。


大竹 「別に夢じゃないし」ってね。


矢嶋 警察の試験に、落ちたのに「なりたくなかった」って言ったら負け惜しみじゃないですか。でも内定をとって、それを蹴って「なりたくなかったんだよね」って言ったら、誇りだと思って。


浦田(この考え方って、共感する人のほうが多いのだろうか。「僕、性格悪いんで」という言葉を付け足すやじーさんを見ながら考えた。多分、性格が悪いのではなく、挑戦すること、勝ちに行くことがやじーさんの人生で大切なのか。本当、いろんな価値観があるから面白い)





「ここに立って、ほうれん草って叫べ!」叫んだ時には怒鳴られ、殴られてましたね。


矢嶋 内定を蹴った後に当然、「あ、就活してないから、入社するところ決まってない。どうしよう」と思って、大学の就職課に行ったんですけど、見ててもピンと来なかったんです。行きたいところないなって。そしたら、そのときのゼミの同級生が、「おい、やじー、ここに、“カワサキ”って名前の企業があるぞ」って。「おっマジで? うちから近いじゃん! 受けるわ!」って。それだけです。


大竹 それだけ?


矢嶋 それだけです。それが市場でした。「朝6時から昼の15時までが正式な勤務時間です」って書いてあって。朝早いけど家から近いし良いかって思って、面接に行って色々話してたら、うちの実家も元農家なんですけど、社長が親のことを覚えてくれてて。


大竹 覚えてるもんなんだね。


矢嶋 「これも何かの縁だからうちに来ない?」って言われて「行きます!」って言いました。まぁ、他に企業を受けてなかったんですけどね(笑)。 ここで終わりで良いやって。大学2年で、警察官の試験2回受けて、その合間に1ヶ月間海外に行って。警察官の内定を蹴った後に市場を受けて、終わり。


大竹 良い時間過ごしてるなぁ。


矢嶋 だから就職活動の合同面接とかは一切受けてないです。学生が何社も受けないといけないっていうのもわからないんですよね。


大竹 やりたいことがそんなにないなら、いっぱい受ける必要もないよね。


矢嶋 そうなんです。受かったところで良いやって。ハマっちゃえば勝手にやりだすので。


浦田(この会話、なんか深い気がする。やりたいことがある人やない人は、たしかに選択肢は少なくて良いかもしれない。選択肢を増やそうとしている人は、何を求めているんだろう)




入社してすぐ、社長から「君は競り人になりなさい」って。声が通るから。


大竹 競り人って花形だよね?


矢嶋 目立ちますね。叫ぶし。市場で3人しかいないし。給料は安いですけど。


大竹 それを新人でやってたんだ。


矢嶋 1年目の終わりから2年目にかけてやってました。


大竹 まだ市場のこともわからないことが多い時期だよね。買いに来る人の顔とかすぐに覚えられるもんなの?


矢嶋 最初に覚えさせられます。「顔を見たら番号を呼べるようになれ」って言われるんですよ。番号で売り上げを立てるので、番号を間違えると「買ってない値段ついてるけどどうなってるんだ」って電話がかかってきて、次の日、市場に行くと殴られます。そんな世界でした。


浦田(私はそんな世界絶対に嫌だ……)


矢嶋 やんちゃもいっぱいしましたね。やられっぱなしは嫌なので。意味もなく殴ってくる八百屋の車を勝手にフォークリフトで運んだりしました(笑)


大竹 それくらいやらないとやってられないよね(笑)。競り人ってルールあるの?


矢嶋 ありますよ。“3やり”で落とすっていうルールがあるんです。100円、110円、120円って出たら、その後に150円が出ても指しちゃいけないんです。だいたい「1品目3秒で売れ」って言われてて。どうしても欲しい人は最初から高い値段で出して、1秒、2秒、「はい! 150円」って。


大竹 仕切っちゃって良いんだ。


矢嶋 だいたいこっちも相場感あるんで。


大竹 その相場感、空気感を読むまでが大変じゃない? しかも空気読めないやじーが(笑)。 相場感を読めるようになるまでにどれくらい時間かかったの?


矢嶋 競り人って免許があるんですけど、免許をとったのは競り初めてから1年後です。


大竹 免許あるんだ。


矢嶋 全国で通用する免許なんですけど、全然役には立たないですよ。座学だけなので。


大竹 3人いたっていう競り人の中で、他の2人は?


矢嶋 60歳と65歳です。


大竹 そうなるよな。1回引退してってことだよな。ベテランがやるイメージあるもん。


矢嶋 若い競り人って全国でも珍しいですね。そこで鍛えられました。図太くなるっていうか。



バイヤーから、「いま、全部門の中でプルーンが1位で、アワビダケが2位ですよ! 快挙ですよ!」って。


矢嶋 仕事を干されたこともあります。

 客がいない。産地も持ってない。そんな中で開発事業部に異動して、そこから毎日産地に行って、市場の掃除して、積み下ろしとかずっとしてましたね。半年くらい干されてたのかな。


大竹 それまで華やかな競り人やってたのに。


矢嶋 結局、朝の仕分け以外やることないから、八百屋を片っ端から回って手伝ってました。

 産地にはさすがに「担当を干された」って言えないので「暇なので畑の状況見て良いですか!?」って言ってました。


大竹 それで産地回ってたのか。


浦田(そうそう、こういうところ。やじーさんのすごいところ。自分でできることを探しに行って、勝手にやっちゃう。何より、楽しんでやっているからすごい)


矢嶋 スーパーとか回ってたら、たまたま大きなスーパーの店長と仲良くなったんです。「俺が半日ここに立って、野菜を売り切りますよ」って言って、そのスーパーにプルーンとアワビダケっていうきのこを8箱持って行って。


大竹 なかなか売れなそうなやつだね。


矢嶋 それを午前中で売り切ったんです。バイヤーから「いま、全部門の中でプルーンが1位で、アワビダケが2位ですよ! 快挙ですよ!」って言われました。

 そこから取引が始まって。会社の中でも「矢嶋にもの預ければ勝手に売ってくれる」って広まったんです。「昨日この野菜余っちゃったんですけど……」って言われたら売っちゃってました。

 そして役員の人が来て「矢嶋くん、君はよくやった。ぜひ競り人に戻ってくれ」って。


大竹 それがよく意味がわかんないよね(笑)。販売員を続けさせれば良いのに。


矢嶋 後任の部長が来て、自分は競り人に戻りましたね。競り人は野菜の出来を見るために産地を巡るんですけど、近くのスーパーや八百屋もまわったのは僕くらいじゃないですかね。

 畑を見るとわかるんです。表の年はうまくて安くて、裏の年は不味くて高い。

 ダメなものはダメって言わないといけないし、良いものは評価しないといけないんです。何回も間違えますよそりゃ。でもやっぱり失敗しないと学ばないですね。


浦田(この言葉、競り人時代にやじーさんの中に生まれた言葉なのか。やじーさんの口から何度かこの言葉を聞いたことがある。ルーツ、見えてきた)


大竹 やじーも仕事は丁寧だもんなぁ。スイッチが入るまでが長いけど、始まれば丁寧だもんなぁ。


矢嶋 そんな感じの市場でしたね。


大竹 いままで何社経験してるんだっけ?


矢嶋 市場行って、営業代行して、いま個人事業主なので2社ですね。でも営業代行時代に30社以上の商品売ってました。会社にも入り込んでるので、実質何十社も見てます。




年間休日10日、手取り18万円。3年経って気づいたんです。ブラック企業だって。だから辞めました。


大竹 ちなみに市場はなんで辞めたの?


矢嶋 ブラック過ぎたからです。3年目で気づきました。


大竹 けっこう時間かかったな。3日でわかりそうだけど(笑)


矢嶋 年間休日が80日で、勤務時間が6時から15時まで。


大竹 ちゃんと15時で終わるの?


矢嶋 事実がどうだったかっていうと、年間休日10日だったんですよ。しかも、朝の3時から夕方の17時まで働くんです。朝の6時が定時なんですけど、「バカじゃないか! 6時に来る新人がいるか! 3時間前の3時に来い!」って。


大竹 なんで3時間なの。1時間くらいならわかるけど(笑)


矢嶋 でも、3時間前でもやることはいっぱいあるんですよ。だから、6時に来るのは役員だけです。定時はあってないようなもの。始発で間に合うと思ったら全然間に合わないじゃんって(笑)


大竹 電車じゃ通えないよね(笑)。でも給料はそこそこもらえるんじゃないの?


矢嶋 そう思うでしょ? 僕手取り18万円でした(笑)。年間80日の休日全てに休日出勤がつくんですよ。ここでポイントなのは、農家はいつでも野菜を送って来るし、スーパーも休日だろうと野菜は欲しいわけです。市場って野菜ごとに担当がついてるんで、そりゃ休みないです。


大竹 そう考えると、よく10日も休めたね。


矢嶋 “葉境期”っていう出荷がない時期に休めるんですよ。


矢嶋 3年間働いて、ブラックだから辞めました。いちばんのきっかけは、“ニコイチ”でやってた仲間の存在です。青臭い話ですけど、「いつか最速で、お前が営業部長になって、俺が開発部長になるからがんばろう」って。その同期がいたから2年半頑張れました。そいつが結婚を機に辞めちゃったんです。そしたらなんか僕もモチベーション上がんなくなっちゃって。張り合う相手がいなくなって、職場に行っても活気がない。

 その時に「自分どうするんだろう」って。主任になって部下もいたのに、結局辞める時も手取り20万でしたからね。「結婚できないし、金も使わなかったけど、どういう人生になるんだろう」って。まぁ3年間悩まなかったのはさすがなんですけど。


大竹 さすがだよね(笑)


矢嶋 それで、辞めました。その後行った会社もノリと勢いで。


大竹 そんな感じじゃ、辞めるまで就職活動もできなかったよね。


矢嶋 はい。そうは言っても当時、市場からは可愛がってもらってたし、その恩を感じて有給も使わず辞めちゃったんですよ。いま思うとバカだなぁって思います。退職金だけもらって辞めました。退職金って言っても10万円でしたけどね。

 3年働いて、辞めて、就活して。次の営業代行の会社へ。20人くらいのベンチャー企業でした。6年間とにかくいろんなことやってましたね。


大竹 そのときは営業やろうって思ってたの?


矢嶋 そうですね、物を売ろうって思いました。あと人と話すのが好きだったので。そのときはそんなに考えてなかったですね。市場だったし営業だろうと思ったら、まさかの未経験扱いで入社して。

 市場に入って「会社に尽くす人生」っていうのはもう堪能したので、色々楽しくやろうと思って、会社の仕事をほどほどにして、色々しまくってました。


大竹 で、ナンパしまくってた。


矢嶋 ナンパは2年後くらいですね。


大竹 2年後か。



セミナー片っ端から出たりいろんな怪しい会に行ったりしてました。


浦田(これは、私がやじーさんと出会う前の物語。私が出会った頃にはもうパーティー野郎ではなかったらしい)


矢嶋 25歳で会社辞めて、26歳で新しい会社に慣れて、その次の年くらいからナンパっていうか合コンにハマりましたね。合コンっていうかイベント。

 最初イベントに呼ばれて、楽しかったんです。それで「イベントまた行きたい」じゃなくて「俺がイベントやりたい!」って思っちゃったんです。


浦田(こういう小さなひらめきのベクトルに人間性が出たり、人生が動いたりすることはあると思う)


矢嶋 最初のイベントは恵比寿のバーを貸し切って20人くらいでやりました。次に大失敗するんですけどね。2回目は30人で予約したのに5人しか来なくて大赤字になりました。


大竹 まぁ良い勉強だね(笑)


矢嶋 イベントは26歳くらいから31歳くらいまでほぼ毎月やりましたね。累計で多分100回くらいイベントやりましたけど、多分5回か6回くらいしか赤字出したことないです。毎回30人、マックス100人呼んで。本当にパーティー野郎でした。