ホンモノガタリ Vol.3 石光

最終更新: 6月1日

Vario’s合同会社代表 縁がつなぐシングルマザー支援の輪



幅広い事業を展開する会社を経営する石光さん。一見すると脈絡なく広がっているように見えるそれぞれの事業は、実は一本「シングルマザー支援」という芯でつながっている。なにより「今はやりたいことがたくさんあって混乱するけど、毎日がすごく楽しいし、次の日が来るのがすごく楽しみです」その一言に、今の彼女の姿が凝縮されているような気がした。


取材日:2020年3月17日 聞き手と文:大竹一平(MtipCreative㈱代表)


ブルーライトコーティングの代理店拡大中


大竹 石さんは静岡でVario’s合同会社を起ち上げて、会社の事業がすべてシングルマザーの支援につながっていると聞いたんだけど、会社の設立自体はまだ最近と言っていいぐらいなんだよね。  会社は今年、2020年4月11日で1周年です。 大竹 今はどんな事業をやってるの?  企業のコスト削減、スマホやパソコンモニターのブルーライト対策コーティング、ドローンを使ったビルの調査、あと中古車販売事業を最近始めたところです。  社員は私を含めて2人で、協力会社と提携して事業を進めたり、ブルーライトについては去年の10月から代理店を頑張ってつくって、今は11カ所あります。これから代理店に協力してくれる提携先として、接骨院と美容院に声をかけているところです。 大竹 接骨院とか美容院でスマホのブルーライトコーティングをするの?  健康を気にされる方が集まる場所だし、付加価値として提供してもらうことができるので、実は相性がいいんです。本来、ブルーライトの光はとても強くて、人間にとって本来は直視できない光なんです。でもスマホやパソコンの画面からは常に出ていて、私たちはそれを日常的に直視してしまっている状態です。その光は角膜や水晶体では吸収されずに目の奥にある網膜にまで届いてしまい、目の健康や睡眠障害を引き起こすとも言われています。私たちがやっているのは、スマホやパソコンの画面をコーティングすることでブルーライトを99%以上防ぐという事業で、今は代理店があるのは静岡県内と東京、近く横浜に1カ所できます。





「稼ぐ手段がない人」を支援する仕組み


大竹 それも当然、シングルマザー支援につながってるんだよね?  実は最初にブルーライトの事業を始めたきっかけは、私自身の子どもの健康のためでした。でも事業自体はすごくシングルマザーに向いているなと。誰でも30分から1時間あれば仕事を覚えられるし、ニーズがあって、労働単価が高い仕事。現状、シングルマザーには仕事と子育てを両立できない、稼ぐ手段がないという人も珍しくないんですけど、ブルーライトのコーティングキットは持ち運べるので自宅でも出来るし、お客様のところに訪問して施工することもできる。 都合のいい時間に仕事してもらうことができ、自宅でやれば月々の運営費が必要ないうえ、施工してコーティングに必要な材料がなくなれば会社が補充する形にして、代理店側の経費がかからないようにしています。 一般的なアルバイトの時給と比べれば数倍はいい単価で契約しているし、私の会社に大きな企業から依頼が入れば、シングルマザーに施工してもらう形にして、少しでも収入にしてもらっています。 大竹 他の事業も全部シングルマザーの支援につながってるの?  つながってます。コスト削減もドローンも。ドローンは建物の損害をドローンで上空から調査するという仕事なのですが、その依頼を代理店となったシングルマザーがとってくれば、それに対して対価を支払うという形にしています。 大竹 損害調査って?  たとえば、自宅の屋根や瓦が台風などの自然災害で損害が出たとして、被害が出た1年以内なら損害保険がおりて修理することができます。また、被害が出ていることに気付かなかったとしても、災害が発生してから3年以内なら、やっぱり保険の対象になります。加えてビルでいうと、たとえば古いビルで損壊が起きていたり、屋上にある配管が錆びて修理が必要になったり、またそもそも古くて使っていない配管の撤去も、保険の対象になります。その営業代理店を、シングルマザーにやってもらっています。 大竹 でも災害が起きないとニーズは起きないんじゃない?  今は問題ない建物でも、これから災害が起きて損壊する可能性はあります。災害が起きる前、今の建物の状態をドローンで写真を撮っておけば、災害前と災害後の比較をすることが出来て、より高い精度で保障を受けられるようになります。 大竹 今撮っておけば、なにかあった時の“ビフォーアフター”を比較できるのか。  一軒家もビルも、そういった修理や撤去に保険が使えることはまだ知らない経営者も多いので、保険で修理できることをお伝えするとやっぱり喜ばれます。建築事務所の建築士にも入ってもらって、経年劣化ではなくて本当に災害の被害なのか、そのうえで被害の状況を正しく判断して、修復にどれぐらいの費用がかかるかを算出し、保険が使えるかどうかを判断するようにしています。





やりたいことをやるために、必要なこと


大竹 いろんなジャンルの会社とのネットワークがあって、提携してるのがすごいとこだね。会社を設立してまだ1年だと、それまではなにをやってたの?  高校を卒業してから仕事をしていて、ずっと会社員をやっていました。順に言うとホテルのフロント、携帯販売会社の販売員、その後に3年間専業主婦をやったあと、保険会社の外交員、化粧関係、です。 大竹 ずっと静岡で?  はい、静岡県内です。 大竹 いろんなキャリアがあるなかで、自分の会社をつくろうとした一番の目的はなんだったの?  18歳から仕事をしてきて、優秀な大学を出たわけでも、大手の企業に勤めた経験があるわけでもないんですけど、それぞれのタイミングで自分に合った仕事が出来たし、どれも貴重な経験でした。ただ、結婚して離婚しようと決めた時に、自立してないと社会復帰が出来ないなと思ったんです。 大竹 自立か。じゃあ離婚しようと思ったから、また仕事に就いたんだ。  うーん、半分ぐらいは、ですね。そもそも他人に頼るのが好きじゃなくて、結婚している間でも自立したいという気持ちは強くありました。たとえば、今でも友人から「結婚した相手を間違えた」とたびたび相談されるので、「離婚すればいいじゃん」とそのたびに返すのですが(笑)、「離婚したら生活できないんだよ」と。たいがいの女性はそこで終わるんです。私としたら、自立していればその縁を切るという選択肢も生まれるだろうと。 大竹 うん、生活が出来れば、自分から“切る”ことができる。  そうそう。それまでも自分がやろうと思ったことは率先してやって生きてきたタイプなので。社会復帰しようと思った時も「この人と100%離婚しよう」と思っていたわけではないんですけど、いつなにが起きるか分からないから、旦那さんにおんぶに抱っこではなくて、自立できる環境をつくっておこうと。



人生初「面接で落とされまくる経験」から保険会社へ


大竹 で、就職活動を始めたんだ。  ただ、どの企業に行っても断られたんです。面接に行っても全部落とされる。すぐ落とされる。それが続く。実はそれまで面接で落とされたことが一度もなかったので、けっこうなショックで…。 大竹 それまで落とされたことないのが逆にすごいけど(笑)  ほんとに初めての経験だったので、落とされるたびに「どういうこと?」って思ってたんですけど(笑) 当時はまだ上の子が3歳、下の子が1歳で幼い頃だったので、企業としてはそれを嫌ったようなんです。 大竹 女性活用とか働き方云々とか言うけど、現実はまだそういうところが多いんだ。  その頃、家によく来てくれていた保険担当の方が、「うちで一緒に働こう」と。子どもがいても働きやすい職場だからって。それがきっかけで保険会社でしばらく働いて、結果的にはその後1年だけ化粧関係の仕事に就きました。美に携わること、ファッションでもネイルでもエステでもなんでも好きなんですけど、保険会社と比べると待遇の面で厳しいのが正直なところでした。 大竹 あぁ、保険会社は給料よさそうだもんね。  保険会社は実力世界で、固定給に歩合がプラスされるので、成績がよければそれなりの給料をもらうことはできます。頑張って月に100万円もらうような人もいれば、最低賃金を割るような人もいます。


保険、ホテル、携帯ショップ、成果を上げた原動力は?


大竹 そのなかで、石さんは稼いでるほうだった。  意地と負けず嫌いでやってましたから(笑) 保険会社がいい経験だったのは、営業の経験を積めたことでした。もともと人と接するのは好きだったんですけど、営業が出来たわけではなかったので。ホテルのフロントをやっていた時も、お客さんの顔を覚えておいてチェックインをスムーズに進められるようにしたり、好みの枕の硬さを覚えておいたり。それを繰り返しているうちに言葉を交わす機会が増えてまたお客様に喜んでもらえるとか、そういうのってやっぱり嬉しいし、些細だけど力になれている気がして頑張れますよね。 大竹 ホテルとしても欠かせない人になっていったわけだ。  ある時期から会社の事情でそのホテルの支配人がしばらく空席になっていた時期があって、その間は支配人代理もやりました。  そのホテルを経営している会社から学んだのは、社長の仕事への熱意の大切さでした。そこの社訓は「できない理由ではなく、どうしたら出来るかを考える」で、その言葉はいま私の会社のHPにも載せているぐらい大切にしている言葉です。その時の社長の仕事が社訓通りに徹底していて、あらゆる小さなこと、たとえば朝ごはんのお米の炊き方から社長が率先して動いて、社員全員の工夫やアイデアで改善につなげていました。 もちろんホテルなのでお客様からの理不尽なクレームもあるんですけど、それでも会社として真摯に対応する。その結果、稼働率が99%を維持するようなホテルだったので、たとえ小さなことだと思ってもおろそかにしてはいけないこと、諦めないで考え、答えを出す大切さを身をもって学びました。 大竹 学ぶ機会も多いし、支配人代理として責任ある立場でしか見えない世界もあっただろうし。ちなみにそれって何歳の頃?  21歳です。 大竹 若い(笑) 周りが大学生やってる頃に、むしろ貴重な21歳の過ごし方だ。  そんなうちにいろいろな縁があって携帯ショップの販売員に転職しました。 大竹 ぜんぜん違う業界だ。  携帯ショップって、各店舗の社員が営業目標をつくったりして、ほぼ店長のような役割を担うんです。それでまた負けず嫌いなので、社内の他の店舗に負けたくないから頑張って高い営業成績を上げてるうちに、会社から「ここの店舗の成績が悪いから次はそっちに行って」とか、あちこちの店を回るようになって…。 大竹 基本的に行動を支えているのは負けず嫌いなんだ(笑) でも営業は苦手だったんでしょ?  そうだったんですけどね。携帯ショップには各キャリアから毎月の販売を推奨する機種や色の連絡が入るんです。その機種を一定数販売すると、キャリアから販売店にいわゆる報奨金が入る仕組みになっていて。機種変更や新規で来るお客様にその機種を買ってもらうためにどう導けばいいのかとか、そういうことを考えたり実践したりしているうちに楽しくなってきちゃった。




人との縁が動き出す


大竹 でもそうなると、逆によく3年も専業主婦やってたね。  出産があったので、仕方なかったんです。1人目を産んですぐに2人目が出来ちゃったので(笑) それで3年間、専業主婦でした。 大竹 その間もじっとはしてなさそうだけど。  mixiでママ友を募ってサークルを主宰してました。 大竹 今も顔が広そうだけど、ネットワークづくりはその頃から始まったの?  それまで静岡県の焼津市というところで仕事をしてたんですけど、結婚して富士市に住むようになりました。それまでの私には縁のなかった場所で、知り合いもママ友もいないし、ただ家にいるだけの生活は退屈だったんです。それで友達をつくろうと思ってmixiを始めて友達をつくって、公民館を借りてみんなで子どもたちを遊ばせたり、ハロウィンやクリスマスのイベントを開いたりとか、そういう企画をするようになりました。 大竹 まだビジネスではないけど、そういう人が集まる企画をしだしたのはその頃?  うーん。そうかもしれないけど、本格的にという意味ではやっぱり保険会社に入ってからだと思います。それまで営業の仕事をやったことがなくて、かつ仕事をするにしても勤務時間が決まった枠のなかでやってきたのが、自由ですよ、好きにやってください、その代わり成果を出さないと給料はもらえないという状況になったわけです。 大竹 自分の意思で動ける。それだけに、成果を出そうと思ったらやり方を考えないといけなくなる。しかも結果的に、保険会社での経験と知識が、今の事業にもつながってるよね。  正直、最初の半年間は嫌で嫌で仕方なかったんです。入ってみると女性だけの職場の人間関係にはいろいろあったし、もちろん得意先があるわけでもないし。身内に営業するのだけはやらないと決めていたのですが、じゃあどこに行けばいいのかは分からない。職場に新人を育成するトレーナーという役職の上司がいて、その人のアドバイスをとにかく受け入れて、まずは与えられた地区の客先へマメに顔を出しました。とにかく行って、なにをするわけでもなくお茶やお菓子をいただいての繰り返しです。 大竹 最初はそんなもんなんだ。  そのうちに少しずつお客様と話ができるようになって、あるタイミングで立て続けに契約をいただくことが出来て、数字も上げられるようになり、仕事として軌道に乗ったかなと思えるようになってきました。 大竹 会社としても招いた甲斐があったと。  会社としてはそうなんでしょうけど、職場ではいろいろあって。「あの娘、どうせすぐに落ちるから」みたいなことを聞えよがしに言われたこともあったりとか。


親友を亡くした痛みと、学び


大竹 噂には聞くけど、実際怖い世界だ(笑)  それは言われてもあまり気にしなかったんですけど(笑)、保険の仕事について、あらためて考えさせられる出来事があったんです。  その時、私は29歳だったんですけど、同い年で18歳の時からの親友がいました。その彼女が、ガンで亡くなったんです。 大竹 え…。  ある時、彼女から電話がかかってきて「私、今から保険入れるかな?」と、具合が悪いんだと。話を聞いて嫌な予感はしました。私の母にガンが見つかった時と同じ症状だったので。すでに検査に入った段階での連絡だったので、たとえ嘘をついて加入させても免責期間にあたるので保険自体が無効になります。とにかく病院に行くことを勧めるしか出来なくて、彼女はそれから3か月で亡くなってしまいました。  本当に後悔しました。私は保険の大切さをなんで彼女に伝えていなかったんだろうと。自分でも彼女を保険勧誘することに後ろめたさがあったんだと思います。声をかければきっと入ってくれたと思います。ただそれは彼女自身のためなのか、私の成績のために入ってくれるのか、でもどちらでもいいから、きちんと説明して入れておけばよかった。その彼女もシングルマザーの母親に育てられて、保険も最低限のものにしか入っていなかったので医療費の面でも苦労したみたいで、せめてもっと使える保険に入れておけばよかった…。 保険はなんのためにあるのか、私はなんのために仕事をしているのか、それを考えるとても大きな出来事でした。 大竹 保険とはなにか、仕事とはなにかを、あらためて考える機会になってしまった。  それがあってから、営業先でも「保険に入ってください」とは言わないようになりました。私が勤める会社の保険でなくてもいいから、その人のために、その人にとって適切な保険に入ってくださいと、お願いするようになりました。 大竹 保険って、よく分からずに入ってる人、多いだろうからね。  そうなんです。それがきっかけになって、結果的にオフィスで一番の成績を出せるようになって、まだ1年目が終わった段階だったんですけど、リーダーになりなさいという打診があったんです。




「人を育てることで、あなたが学びなさい」


大竹 辛いきっかけではあるけど、それを経て実力本位の世界で成果を出した。  ただ、トレーナーから私のことをリーダーに推す理由として言われたのが、「あなたは思ったことをすぐに口に出すし、それは正しいことを言っていると思う。ただ、結果的に周囲の空気を読まないでそれをやることで、あなた自身の状況を悪くしてしまっていることがある。だからそれを学ぶために、敢えてリーダーをやりなさい。人を育てることで、あなた自身が学びなさい」と。 大竹 ただ思うに、そもそも石さんは仲間を守る意識がめちゃくちゃ強いよね。  強いと思います。チームを預かったからにはメンバーを守らないといけない。当時も今もその思いは変わらなくて、自分が経営している会社に関わっている人たちはすべて仲間だと思っているので、全力で守ろうとしています。 結果的にその保険会社では5年過ごして、営業の仕事をがむしゃらにやってみて、それでお客様に喜んでもらえるということも分かったし、親友の件もあったし、いろいろあったけど学ぶことは多い時間でしたね。


シングルマザーになって思う「自分が働きたい場をつくりたい」


大竹 言いにくいけど、その間に離婚もしてるし。  仕事で成果を出すためには本当にがむしゃらに、すべての時間、朝昼晩、土日関係なくお客様のアポが取れたらその時間に訪問しないといけない。一方で離婚するとなった時に、その生活と子どもを育てることを一人で両立するのは難しいなと思ったんです。会社にもそのことは相談したし、リーダー職から下ろしてほしいともお願いしたんですけど、上司からはいい返事をもらうことが出来ず…。 大竹 会社としては成績トップの人材を簡単に外すわけにはいかないと思ったんだ。  ただ、私としては子ども以外に大事なものなんて、ないんです。 大竹 仕事を辞めて離婚して子育てしてとなると、お金の心配もあったと思うんだけど。  それはそうなんですけど、上司の言葉というか、会社の姿勢を知ってなおさら、その会社のために頑張る理由がなくなっちゃったんです。 大竹 ほんと気持ちで動く人だなあ。保険会社を辞めて化粧会社に移って、どうだった?  そこで子どもがいながら働く大変さを骨身に沁みて実感しました。今から2年前ですけど、保険会社を辞めた後、またなにも縁のない静岡市に引っ越して、そこで化粧関係の会社に入りました。美容の世界は好きだったけど、自分がやりたい働き方とか収入の面とか、理想と現実には差があって…。 でもじゃあ自分はどういうところだったら働きたいんだろう、どういう環境だったらもっと子育てと仕事を両立できるんだろうと。「自分が働きたい場所をつくりたい」、そういうことはなんとなく思っていたんです。ないんだったら、つくれないかなと。 大竹 多くの女性が悩むところなんだろうね。  とは言え、やりたいことが何かもわからないし、自分には武器がないことも分かってはいました。ただ、子育てと仕事を両立する方法は1つではないだろうというイメージはあって。だからその答えを出すためには、いろいろな人の話を聞こうと。 大竹 その時に話を聞いた「いろいろな人」っていうのは、保険会社時代のつながり?  最初は地元のセミナーに参加することから始めました。そのうちに保険会社の時に会社員だったお客様で、起業して静岡で会社を経営しているという方とつながって、その方に次々と経営者を紹介してもらったりとか、交流会に参加したりとか。そのうちに同じ気持ちを持つ人たち、質の良い縁が増えて、ありがたいことに事業のノウハウまで教えてもらえて。武器がなかった私に、武器をくれたのは周りの方々なんです。 大竹 その頃から今の事業につながってくるわけだ。  基本的に、戦略を立てるのが苦手なんです(笑) 大まかにやりたいことを決めて、それを色々な人に伝えまくる。恵まれているのが、周りにすごく力になってくれる方、しかも大先輩のような経営者がいてくれて、「手伝うね」と言ってくださってまた輪が広がっていく。だから今、おかげさまで私のアポは周りの人が入れてくれることが多いんです。「この人を光ちゃんに会わせたいからどう?」と。





「助ける」ではなく、自立に向けたサポートに徹する


大竹 その縁をたった2年でつくり上げたのがすごいと思う。もちろん縁を広げてもらってるのは事実だろうけど、その起点となるのは自分だからね。  自分でも動きまくっているし、相手に時間をもらう時は、せっかく会ってもらっても私がなにをしたいのか伝えられなければ意味がないし、それは相手にも失礼だと思うので、「なにをしたくて」、「だからこの事業をやっているんです」、ということは整理して伝えられるような心がけはしています。 大竹 その輪が、シングルマザーの支援につながっていく。  経営者の中には、シングルマザーの今の生活を変えずに、助けるのではなく自立に向けたサポートをするという点で、賛同してくださる方もたくさんいて、その人たちの力に支えられています。多くのシングルマザーにとって、現状をすぐに変えることは難しいです。変えたくても変えられない。そこを仕事という自立するための武器を与えて、半年とか1年とか、そういうスパンで変えていかないと。 大竹 その中で、彼女らが今できることを石さんが提案していくと。  代理店の仕事もそうだし、転職したいという相談があれば、これまでにできた縁を使わせてもらうこともできます。 事業の1つ、コスト削減もやっている理由があって、この事業は文字通り企業のコストを削減するのが目的で、クライアントは売り上げが数十億から数百億円といった企業です。この事業をやっていると企業のトップに必然的に会うことになります。コスト削減という成果を出した私のことをある程度信頼してもらえる。そのうえで「こういった事業をやっているので応援してください、シングルマザーの力になってください」と話をすると、また縁が広がって彼女らの支援にもつながります。 大竹 自分の会社だけじゃ出来ないことが出来るかもしれない。  もちろん、私の会社でももっと採用できる体制をつくっていきたいですけど、提携という形でいろいろな経営者の方に手伝ってもらう、私として出来ることはそういう体制をつくることだと思っています。 シングルマザーが意識レベルを上げると同時に、働きたい意欲と能力を活かせる場を広げて、企業とお母さんの両方によりよいマッチングができる環境をつくっていくこと。マッチングが出来たらそれでおしまいではなくて、私とその企業との関係が続いていれば、彼女らが入社した後のフォローもできます。 大竹 やってることがHonmonoっぽいというか、むしろレベルの高いHonmonoだな(笑) 石さん個人のネットワークが広がった結果、シングルマザー支援の輪も広がった。でも考えてみれば、保険会社時代は社内に“敵”をつくってた人が、今やたくさんの人に支えられてる。しかも会社っていう枠を超えて。  今はもう敵はつくりません(笑) それは私だけじゃなくて、社員やスタッフ、協力してくれる方々、守らなければいけない人たち全員に迷惑がかかるので。最近、私の会社に入ってくれた社員も含めて「私ってこんなに人から愛されてたんだ」って思うことが多いんです(笑) こんなに愛されてるのに、私はまだ頑張りが足りないなって。今はやりたいことがたくさんあって混乱するけど、毎日がすごく楽しいし、次の日が来るのがすごく楽しみです。



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